「本質的に”変わる”」ということ 原点

何度もこの動画を見て欲しいのですが、

 

”変わった理由”があるとすれば、それは”ワタシが変わったから” だけです。
”ワタシがそう決めたから”とか”ワタシの確定事項として設定したから” とも言えます。

それ以外の理由を必要とするのは本来おかしい ということだけ知っておいてください。

 

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現実がどうこう・・・・状況がどうこう・・・・証拠がどうこう・・・・ではなくて、”ワタシが決めたことです” で終わりです。

でも、

”ワタシ(の在り方・設定)が変われば、現実も変わりますよ”

とは言いにくいのです。

”妄想の世界で満足してるだけでいいんです”

とも言えません。

私が伝えられることは、”ワタシが無条件に変わる(権利がある)” ことだけです。そこから先は皆さんが体験するしかありません。

期待したり、思った通りにならないと感じたり、いつになったら・・・・と思うのは仕方がないとは思いますが、それは”本質的に変わった”とは言えないのです。変わったような感じに見えますが、変わっていません。

難しい・・・と感じるかもしれませんが、”慣れ”の問題だと思います。

現実を気にするのも、リアクションするのも、期待するのもふつうです。ダメじゃありません。ただし、それは

現実が“主” で ワタシが“従”の状態です。

これまではそれが”ふつう”の状態だったので、アレコレやってきたとは思いますが、

ワタシが”主” で 現実が”従”

を”ふつう”とか”当たり前”にしてもいいんです。

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現実がどう見えようと、他人にどう言われようと、いろんな思考や感情が湧いてこようと・・・・”主”としてワタシの大前提を無条件に(淡々と)指定できるということです。

その状態の目安は、”気楽さ” ”余裕” ”遊び” です。

無理矢理、気楽になろうとか余裕を感じようとか遊び感覚で・・・・なんて思おうとしても焦りが増すだけなので、”目安”にしておいてください。その目安から外れている時は、”ちょっと現実主導になっているな・・・・・”と確認すればいいのです。

このブログでは、エゴとかスクリーンとか意識とか三次元世界とか俯瞰視点とか観照とか書いてきましたが、混乱する人はもう一旦忘れてしまってください。

原点に戻って、

”ワタシ専用世界”の”主権者” であることだけ忘れないでください。

”ワタシが変われば、現実も変わる・・・・”と言いたいのですが、それだとまた期待感が出てきますから、

「本質的に(無条件に)ワタシが変わる(変われる)」状態を”基準”にしてください。

”結果的に”執着も無くなるでしょうし、現実へのリアクションも止まるでしょうし、こだわり、依存もなくなるでしょう。あくまでも”結果的”にです。執着するな・・・・といきなり言われても無理でしょう。ワタシ(本当の私)の目安にしておいてください。

「本質的に”変わる”」ということ 原点 でした。

※現実をチラチラ見ていると、そっちに引っ張られやすいかもしれません。目を閉じてろとか引きこもっていろというわけではありません。願望実現のために生きるより、今を楽しむことを優先するのもいいと思います。(条件ではありません)


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